性同一性障害という理由で、人生から逃げることをやめた。アヤトのプロフィール

  渡辺絢斗(わたなべ あやと)/GIDブロガー

性同一性障害(GID)として生まれる。

性同一性障害という理由で、様々な場面で我慢することが多く、当たり前にできることが、当たり前にできない自分自身に、腹が立つ。

そして、自分の力で、やりたいことをやると決め、このブログを立ち上げた。

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渡辺家

 

山梨県で生まれました。

母、父、兄、そしてぼく。4人家族です。

母と父が共働きのためおばあちゃんによくお世話になってました。

おばあちゃん子ってやつですね。笑

だから、おばあちゃんが大好きです。

 

 

ここからは、これまでの僕の人生を詳しく語っていきます。

 

1996年〜現在

誕生〜小学校

1996年 8月29日。山梨県という山や自然で囲まれた超田舎のところで生まれました。

よく食べ、よく寝て、よく動く、とても元気がある子どもでした。

今思えば、このときから僕は、男の子の自覚をもっていたんだな〜と思います。

七五三赤いランドセルスカートなど、女の子からしたら普通のことを僕はめちゃくちゃイヤがっていました。

七五三は、着物を着るのがイヤで僕の写真だけありません。

赤いランドセルは、自分でわざと壊して、リュックに変えました。

スカートがイヤで、毎回大泣きして親に迷惑かけました。

正直この話は親から聞いたもので、僕自身あんまり覚えてないのです。笑

赤いランドセルだけは、はっきり覚えてますが。笑

 

中学校

正直、この3年間は思い出したくもないくらい、精神的な苦痛を感じていました。

中学生になると、自然に、男女が男女を、意識し始める歳だと思うんです。

そして、服装が指定されることにより尚更意識します。僕は、もちろん女の子が着るセーラー服でした。これがとてつもなく苦しかったです。

このほかにも、トイレ,プールの授業,修学旅行,部活(テニス)など、全てにおいて苦しかった。楽しくなかった。

何度も死にたいと思いました。

そしてこのときから、周りの目を気にするようになりました。

その結果、すべてのことに我慢をして、人が嫌いになり、一人でいることが楽だと気付きました。

そのため、中学時代で、仲のいい友達はいません。

この中学時代は、僕の人生においてどん底のときでした。

 

高校入学

挫折からの大きな転機

高校受験を控えた僕は、人としてどん底に落ちたまま。

勉強せずにそのまま受験しました。

まあ、当然、落ちました。そして、私立高校に入学。

入学後、僕は、バイトを始めようとしました。理由は、入りたい部活がなかったから。

それでも、見学くらいはしようと思い、廊下をフラフラしてました。

そのとき、吹奏楽部の副部長さんに捕まえられたのです。そして、半強制入部。笑

そう、この吹奏楽部への半強制入部が僕にとって、後々、大きな転機となるのです。

 

高校1年生のとき、部長さんに「一匹狼」と言われる

高校生活スタートしてから半年が経つと、クラスや部活の中でグループができますよね。

もちろん僕もできました。

 

でも、部活の時、音楽室でミーティングをしていたら、部長さんの口からこの言葉が出てきたんです。

「一匹狼だよね。」

言われたとき、衝撃を受けました。図星だったのです。

今でも、一生忘れることはないです。笑

でも僕は、そのときめちゃくちゃ嬉しくて泣きそうになりました。(家に帰って部屋で泣きました。)

なぜなら、僕のことをちゃんと見てくれる人がいるんだ。ってわかったからです。

今思えば、俺気持ち悪っ!!って思いますが、当時は、この言葉のおかげで、自分自身をもっと出していこう。と思えましたし、出すことによって、部活仲間からのアドバイスや指摘をたくさんもらうことになりました。

部長さんと部活仲間には、感謝しかありません。

※担当楽器 打楽器(パーカッション)

 

 

高校2年生のとき、音楽にハマる。

入部して2年目で、音楽にハマりました。これはたぶん遅い方だと思います。

だから、大会への意識レベルや音楽に対しての熱意とか、みんなより遅れをとっていたと思います。

でも、オーケスストラや、他の吹奏楽部の音源を聴いたりして、楽器を演奏する楽しさを体験しました。

担当楽器が、打楽器なので、どんな曲を聴いても打楽器の音ばかり聴いていました。笑

このときの僕の生活は、部活中心で回っていました。

本当に、部活をやりに学校に行っていたくらいです。笑

そして、部活が楽しくて仲間が大好きで仕方がないとき、

僕は、性同一性障害であることを顧問や仲間(同学年)にカミングアウトしよう!と決意しました。

 

高校3年生のとき、顧問と部活仲間(同学年)にカミングアウト

部活終わり、僕は音楽室に顧問を呼びました。このとき、めちゃくちゃ怖かったです。

「あの…その…実は…〜〜」

こんな感じで、話し始めたと思いますが、緊張しすぎて、正直内容はうる覚えです。(汗)

そして、話終わった後は、とにかく手が震えていました。たぶん、顧問もそれに気づいていたと思います。

僕は、顧問がどんな反応するのか、受け入れてくれなかったら、とか、悪い方向ばかりを考えてました。

ですが、それは全くの思い込みでした。

顧問から、

「そうか、言ってくれてありがとう。辛かったよな。」と、返ってきました。

その時の僕は、泣くのを我慢して、下を向いてしまいました。本当に嬉しかったんです。

そして、部活仲間(同学年)へのカミングアウトする日や時間の調整は、顧問が作ってくれました。本当に、感謝しかありません。

 

カミングアウト当日、放課後のクラス教室でした。

みんなの目線が一気に僕に集まります。

とても緊張しました。(心臓が口から出てくるんじゃないかってくらい!)

それで、顧問と同じように話を進めた後、みんなから、嬉しい言葉ばかりが、飛んできました。

覚えていませんが、たぶん僕は泣いていたと思いますし、なぜか泣き出す仲間もいました。

いい人たちに巡り会えたなってこのとき感じました。今も感じてます。

でも、このときから、僕はハメを外してしまい、3年生になってもみんなに迷惑ばかりかけていました。笑

顧問には、手がかかる5人の中にお前入ってるからな。と言われるくらいです。笑

 

 

高校3年間、この部活に入ってなかったらと思うと、色々考えさせられます。。。

本当に、入部してよかった。中学時代と真逆な3年間でした。

この環境に、全力感謝

高校3年間の記事見ても、毎年感謝しか言ってませんね。笑

 

 

大学入学前、親にカミングアウト

高校3年間、同学年のみんなに受け入れてもらい、嬉しくて、毎日が楽しくて、仲間に助けられたことばかり。

親にもちゃんと伝えたい!!

そう考えるようになり、大学入学前にカミングアウトしました。

話した結果、大ゲンカ。朝の4時近くまで家族4人で話し合い。

母親は、号泣。親父は、言葉が出ず。

「そんなはずない。」「当事者に失礼」「あなたのことはお母さんが一番よく知ってるの!」

いろんな言葉をたくさん浴びさせられました。あんなに取り乱した親は、初めて見ました。

正直怖かったです。

そして、親子の間には気持ちの悪い空気が漂いつつ、僕はそのまま大学に進学しました。

 

大学1年生のとき、社畜になる

僕は神奈川の大学に進学。学科は、情報理工。

進学して、5月くらいから、高校の先輩の紹介で、居酒屋でバイトを始めました。

バイトが楽しくてほぼバイト生活になっていて、友達からは社畜と呼ばれてました。笑

そして、8月の誕生日に、一人暮らしをしている僕のところに、ペンダントと手紙が送られてきました。母親からでした。

手紙の内容は、気持ちに素直になってください。や、時間はかかるけど、気持ちを大切に受け入れたい。と書かれていました。カミングアウトした日を思い出し、この日の夜は、一人で大号泣してました。

理解してくれようとしている姿だけでも知れて、幸せでした。

このときから、前に進もうと思い、治療をすることに決めました。治療するには、お金がかかります。

注射や手術をするとなると、数百万はかかります。

僕は、ネットで調べ、おおよその金額を知り、貯金生活がスタート

 

大学2年生のとき、副業と出会う

貯金生活というものは、とても苦しいものです。欲しいものややりたいことがほとんどできませんでした。

大学生となれば、友達と遊ぶことも増え、自由な時間も高校に比べたら多くなりました。

でもそれが逆に、辛かったです。お金を思う存分使えなかったですし、バイトだけの収入では足りませんでした。

そんなとき、僕は副業と出会いました。

それは、転売です。

この転売を教えてくれた人は、僕と同じ性同一性障害の人でした。だから、信頼したのでしょう。初期費用15万かかるとしても僕は、貯金から15万を出したのです。

しかし、継続しませんでした。稼ぐことはできても、なぜか楽しくなかったのです。

お金が楽に貰えてたのに、やめるなんて不思議ですよね。笑

でも、この後にも色々やりましたが、基本楽しくなく、継続しませんでした。

このとき、楽に稼ぐより、楽しく稼ぎたいと思いました。

 

大学3年生

2017年2月3日、僕は、第一歩となる注射の治療がスタート

注射をしてから、声変わり毛が濃くなる筋肉がつきやすくなるなど、いろんな変化がおとずれました。

ですが、その反面、リスクもあります。

でも、本来の姿に少しずつ近づいている実感を感じたのです。とても、うれしかったです。

 

そして、僕は、このブログを立ち上げるキッカケとなる人に出会いました。

りんださんです。この人は、大学生ブロガーとして稼いでいる人です。

りんださんを知ったことで、ブロガーの世界を知り、ブロガーの魅力を知りました。

ブロガーで稼ぐという魅力もありますが、なによりも、自分の好きなこと、やりたいことを発信していく。ということが僕にとってものすごい魅力なのです。

このとき、「これだ!!!!!!!!!!!」って、雷がズドーン!!!って身体に落ちたんです。笑

そして、この数日後、このブログを立ち上げました。

 

人生、何が起きるかわかりませんね。でもそれが楽しいのです。

 

 

 

趣味

● アニメ(部屋はアニメグッズ)

● 麻雀(幼い時に知り、大学生になってから本格的に活動)

● 旅行(一人で行きます)

● ファッション(コーディネートするのが好きです)

● 映画鑑賞(一人で観ます)

● ブログ(これから。笑)

 

性同一性障害(GID)として生まれたこと

・中学時代、死にたいくらい嫌でした。

・高校時代、嫌でした。

・大学生、気にしていません。笑

気にしてる時間が、僕にとって無駄だとわかったからです。

僕は、悪い方に考えすぎて、中学時代、高校時代という時間をほぼ無駄に過ごしていました。

だから、大学生になって、好きなこと、やりたいことをやっていこうって動き始めています。

そしたら今では、性同一性障害であることを忘れてしまうことが多くなりました。笑

 

でも、性同一性障害として生まれたから、出会えた友達もいますし、今の僕もいるんだと思います。

だけどもし、性同一性障害として生まれてなかったら、出会えた友達とは出会えてないわけですし、副業にも出会うことはなかったでしょう。もちろん、ブロガーさんたちにもです。

人生、人それぞれ違いますし、考え方も違います。

だから、僕はこのブログで、性同一性障害で少しでも悩む人たちに、伝えたいこと経験したことを発信していきます。

 

 

 

 

 

30歳までにやりたいことリスト100

 

今回、30歳までにやりたいことリストを書きました。

僕が普段どのようなことをしていてどのようなことに興味があるのかがわかるのでぜひ、読んでみてください。

 

 

 

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基本ブロガーさんのツイートをリツイートしてます。笑